| Japan Special pt2 - DJ Baku - 今回のジャパンスペシャルは東京アンダーグラウンドシーンで最近特に話題を呼んでいるアーティストの一人DJ Bakuに焦点をあててみる。 自国では「新しいDJ Krush」とも呼ばれ、非常に興味深い音楽をリリー スしている人物について以下の記事を読みながら発見して欲しい。 Kaikoo, an interview with DJ Baku 今回の特別なジャパンアップデート(日本のターンターブリストシーンについての記事とDJ Kentaroとの新しいインタビューも含む)の一部として21世紀の東京アンダーグラウンドから出現したアーティストの中でも一番興味深いアーティストの一人、DJ Bakuにメールで連絡をとった。 元々自分がDJ Bakuを発見したのは彼がGoth-Trad, Saidrum, Bleederといった東京のプロデユーサー仲間と2000年にリリースしたリミックスプロジェクトのE.P.を知り合いが送ってくれた事に始まる。 これに続き今年の始めリリースされた東京のアンダーグラウンドヒップホップとターンテーブリストシーンについてのドキュメンタリー映画「KAIKOO」を入手した(DJ Baku本人, Kentaro, Tatskui, Kolckなど出演)。 このドキュメンタリーは自分が最近見た作品の中でも特に興味深く、東京や日本以外では耳にしないアーティストや音楽をありありと描写している。 世界中でも特に活気があり、混沌としたハイテク都市である現在の東京でアーティストとしての在り方や自分のキャリアなどについてBakuが論議していく内容だ。 そして今回ついにStudio RareKwaiのスタッフやKAIKOOの監督でドキュメンタリーをリリースしたレーベルの主催者でもある坂井田ヒロキ氏の助けによりついにDJ Baku本人に接触する事ができた。 Bakuの作品は近頃自分が聴いた音楽の中でも特に興味深いもので、西洋のリスナーにもっと彼や彼の作品を我々が紹介していくのはごく自然な事のように感じる。 日本とヨーロッパの間に存在する言葉の壁の為今回の様なアンダーグラウンドなアーティストについての情報を集めるのは特に難しい。 日本のBakuファンはDJ Krushに代表される先駆者の足跡を継ぐ新世代のDJの中でもBakuは特別だとみなしている。 勿論比較する事が全てでは無いが、Bakuの作品のいくつかはDJ Krushのターンテーブリズムやヒップホップに対するエキスペリメンタルなアプローチを思い出させてくれる。 そして以下に続くインタビューでも触れるが、Baku本人もこの比較について意見を 述べてくれた。 DJ Bakuとはいったい何者なのか? 彼の音楽、彼のプロジェクトや今日の東京のターンターブリスト或はDJの在り方とはどの様なものなのか? 読み進んで頂ければ彼についてもっと知りたくなるであろう。 日本のファイネストDJとのリフレッシングな対談をどうぞ。 Q: まず最初にBakuの歴史から聞きたいと思います。 どのようにhiphop, turntable, scraching, turntablismにのめり込んでいったのですか? BAKU: 14才の頃に映画「JUICE」のバトルシーンを観てから。 MCの脇役だと思っていたDJが主役で、こんなに多くの人を盛り上げる事ができるのか、と驚いた。 映画のサウンドトラックや友情を題材にした内容も良かったし、僕の周りもあの映画のように1人だけDJで他は音楽をやっていない友達のほうが多かったから共感できた。 Q: どうやって&いつどのようなきっかけで日本のturntablist/hip hopのシーンで活動するようになったんですか? BAKU: 今だに日本のhiphopシーンという枠組みの中に僕が入っているのかどうかすら分からない状況なのだけれど、すでに大きくなった日本のシーンでは僕のスタイルはすんなり受け入れられないだろうと昔から肌で感じていた。 僕はオリジナルなものをもっている人が好きなのだけれどそういった人達がもう今の主流の流れに組み込まれる事はないだろうと思ったし、僕自身もその流れに無理にはいる必要性を感じなかった。 僕は噛み付く事も、かといって敬遠する事もしない。 僕は自分達でシーンというものを作るしかないとも思っている。 Q: ターンテーブルを楽器として使い始めたきっかけ、理由があったら教えてください。 あと、スクラッチを音楽的表現方法として使い始めたのはいつですか? BAKU: 僕は他の楽器でメロディを連続的に弾く事ができない音楽オンチだった。 でもスクラッチだったらある程度のメロディと怒りは激しく、悲しみは優しく、といった感情の表現を手のタッチでするのが自分にはできる事が分かった。 だからその部分を重要視しました。1枚のレコードを変えるだけで雰囲気をガラっと変えられるような、ターンテーブルのその空間全体をプロデュースできる部分もあまり音楽的な教養のない自分には良かった。 Q: どのDJに影響を受け続けていますか? BAKU: あまり他人から影響を受け続けるという事はないのだけれどKRUSHさん、Q-BERT、MIX MASTER MIKE、DJ SHADOWこういうタフな人達の音はいつ聞いても新鮮だと思う。 Q: 日本のヒップホップとターンテーブリストのシーンについて聞かせて下さい。そのシーンのいい所と悪いところを聞かせて下さい。 BAKU: 良い所は、東京は人も情報も多いので色んなタイプのhiphopが共存できる望みがあるところ。 すでに多くのスタイルが生まれていると思う。 悪いところは全体的にシーンが売り上げ優先だったり、自分のスタイルを持っていないうちにCDの売りあげを上げようとプロモーションするところが多いので中身の薄いARTISTのほうが表立ってしまうところ。 売る欲だけが先走りしている雰囲気かな。 Q: ラップグループと一緒に活動しているみたいですが、どんな感じで日頃遊んでいるんですか? そのグループと活動する時の自分の役割はなんですか? (制作者、スクラッチ??) BAKU: 実は音を演奏して遊ぶ事はまったくといっていいほどなくて、くだらない話をしたり酒を飲んだりチルしたり。 心のつながりを大事にしているからかもしれない。 皆で新宿の歌舞伎町というところのインドカレー屋によく行くよ。 新宿のMSCと活動する時はトラックもいくつか作ったし、LIVEで スクラッチもやるし、ライブの構成も考える時もあるのでプロデューサーのような役割かも知れない。 Q: KaikooのDVDは日本ではどんな反響がありましたか? なぜBakuは海外に向けて東京のアーティストを発信するDVDを作りたかったのですか? BAKU: 僕が東京の事をカオスと表現した事で「安心した」という感想もありました。 今の東京という町を言葉で表現するのは住んでいる人達でさえ難しいみたいです。 そんな複雑な町に恐ろしい人材が埋もれている事を他の人々はあまり知らないと思った、近すぎて、情報が多すぎて皆ダイアモンドの原石に気付ていないのです。 そういう意味でも東京は今カオスだと思う。 混沌で、みんな混乱していると思う。 僕は寂しい事がとても嫌いなのでこのまま他の国の人も知らないままの寂しい状況は嫌だなと思いました。 あと僕はDJだから「良いレコード=ARTIST」を単純に紹介したかったんです。 DJの役割の中のひとつは果たせたと思う。 Q: 他のアーティストとのコラボやトラック制作はしていますが、まだsoloアルバムはリリースしていないですよね? 何か近い将来考えていますか? BAKU: 現在制作中! 来年リリースできたら良いなと思ってます。 Q: BakuのDJの事を色々聞いたりDVDでみたりしていると、そのエクスペリメンタルなアプローチでのスクラッチとターンテーブリズムはどこか僕にはDJ KRUSHの陰を感じます。 それはBakuにとってDJ KRUSHを後継しようと言う思いで活動しているという気持ちがありますか? それともDJ KRUSHは関係なく今Bakuのやりたい事が今のスタイルなのですか? BAKU: KRUSHさんを後継しようとはまったく思っていないです。 ですが、KRUSHさんは僕の心の師匠。 影響は凄く受けています。 僕は付き添っていた訳ではないし、つるんでいた訳でもない。 僕が勝手にLIVEをみて、その後雑誌で一度対談をして、結局1曲一緒に作る事になった。 そして分かったのが僕が今よりもっと若い頃、「こんな大人がいれば良いな」と思っていた人がKRUSHさんのような人だったんです。 そんな人が同じDJという、自分と同じ事をやっているのは共感と尊敬の念を覚えます。 もちろん僕が今やりたい事が僕のスタイルです。 僕がKRUSHさんを後継する事を意識的にしてしまったらKRUSHさんに対しても恩返しにならないと思っています。 Q: GOTH-TRADと一緒に作ったREMIXアルバムの事について聞かせて下さい。 なぜ、どのようにそのアルバムを作る事になったんですか? どのようにREMIXを作っていったんですか? 曲を作ったりREMIXをしたりする時にメインに使っているのはターンテーブルですか? それともコンピュータとかサンプラー等を使ってカタチにしていってるのですか? BAKU: 99年頃、カラのビートの上にスクラッチだけで楽器のフレーズを奏でて1枚のALBUMにしたインストゥルメンタルの作品は誰もだしていないと思った。 たまたまそういった実験的なALBUMをメジャー 流通したいという話がはいってきてこれは良い機会だと思いましたね。 そのALBUMは全てをスクラッチだけでしました。 ハードディスクレコーダー、VS1680にひたすらオーヴァーダビングしていきました。最近の曲の作り方のメインはMPC2000XLで作ったトラックにスクラッチをのせるやりかたですね。 俺はコンピューターは苦手であまり使えないんです。 僕の音はサンプリングにしろ、スクラッチにしろどのみちターンテーブルからスタートしていますね。 Q: Bakuは海外のDJ、D-STYLEがやっているGUNKHOLEとかRicci Rucker, Mike Booヨーロッパのターンテーブルの活動、Birdy Nam Namの活動等を意識していますか? アメリカやヨーロッパではターンテーブルで曲を作ったり、スクラッチを取り入れたりするという目的以外でターンテーブルをまさに楽器として使っている人達がいますが、そのような情報、NEWSは日本にも入ってきていますか? BAKU: 彼等は大好きで Birdy Nam Namの12inchもよくプレイしますし、Ricci Ruckerのサウンドも好きですね。 ただ僕の場合はソロでMIXが中心だから特に意識はしていないな。 日本のWENODというレコード店やPOWER DJ'sというSHOPにはよくその部類のDVD、レコードがあるのでチェックしていますよ。 Q: Whakhakhaはどんなプロジェクとだったんですか? どのようにOrtofonと繋がりをもったんですか? バンドの一員としてターンテーブルとして参加する事はBakuにとって魅力のある事ですか? いままでやったプロジェクトの中でベストなものはなんですか? BAKU: HIPHOPを ネクストレヴェルに押し上げたいと思っていた僕とDJ KLOCK, DJ TATSUKIのDJ3人の気持ちがその時期たまたま一緒になったんだ。 DJ TATSUKIはデンマークのBLUEFOUNDATIONのメンバーでもあったから、ORTOFONからサポートを受けていて、その流れからWhakhakhaブレイクスをORTOFONでだす事が決まった。 自分達が作ったアナログ+エフェクトも使った3人のDJスタイルをかけ合わせて、いわゆるバトルのチームルーティンとも違ったオリジナルの音世界を表現したかったんです。 ベストなプロジェクトはGOTH-TRADと組んでいた「ANAPHYLAXIN-SHOCK」かな。 Q: OINのBMXとのショウケースはどんな感じのものでしたか? そのプロジェクトはどのようの始まったのですか? あのBMXのライダー達は誰ですか? BAKU: 前から僕はストリートのスポーツとターンテーブリズムを同機させたショウケースをしたかった。 今迄誰もうまく音と動きを合 わせているところをみた事がなかったし。 ただLIVEというのを考えるとスケートだと滞空時間が短く、音と同機させるのは難しい。 だからBMXの中でも技のコンビネーションを長い時間を使って魅せる事のできる「フラットランド」という種目が最適だと思ったんだ。 やっていた事は、まずライダーに合ったビートをかける、そしてその場でサンプリングする、BMXライダーが技を決める前の一瞬のタメを良くみて、その瞬間音を抜いて、技を決めたと同時にビートをだす。 あとはライダーが回転しはじめたらビートの小節が段々と短くなるようにするとか。 いくつか技はできたよ。 なるべく音と動きがハマるように展開を持っていくようにした。 ライダーは数多くいる中でも音楽を肌で理解している2人で、世界大会でも成績をおさめている田中光太郎と、430というブランドでも活動している伊東高志です。 Q: 制作活動で使っている機材を教えて下さい。 カオスパッドをライブ中に使っていますが、BakuのDJの中で具体的にどのようにそれが使われているんですか? BAKU: あれは実はカオスパッドではなくて、KAOSS MIXERなんだ。 あまり海外では売られていないと聞いてます。 カオスパッドが初めから内蔵されてるとても便利なもので日本でもすでに売っていないんだ。 あれはその場でビートをサンプリングして、画面を連打する事によってキックを連発させたり、そのビートをスローにさせたあとロウビートとMIXしたり。 MIXの最中に片方にフランジャーをかけたりもするし、とにかくその場をカオスにできるよ。 いつでるのかは分からないけれど、この前KAOSS MIXER2の発売の企画をしたよ。 Q: 誰がDis-Defence Disc クルーなんですか? クルーはどのように集まってきたんですか? BAKU: 正式なクルーはエンジニアも務めているSKEと、スクラッチのMARTINの2人。 2人とも17才くらいの頃、クラブやイベントで邂逅したんです。 Q: なぜDJバトルに一度も全く参加してないんですか? BAKU: 10代の頃凄く参加したくて何度かテープはだしたのだけれど予選もでれなかったんだ。 未熟だったんだと思うよ。 ただその頃に司会者が言っていた「エグいスクラッチは落とした」というセリフは忘れられない。 その後も何度かエントリーしようかと思ったのですが、僕が本当にやりたい事は1時間程度のロングプレイだった事に気付き、それからはMIX TAPEやロングプレイで自分の世界を表現する事にしたんだ。 Q: 海外に自分の活動が漏れにくかったり、外国の活動に影響されにくかったりという点で言葉の壁とか日本が世界からある程度離れている事が逆にプラスになっているという事は思いませんか? 何故かといえば、Goth-TradとのRemixCDをこの間聞いていたのですが、これは近年USやUKで出始めている音と似ていると思うのです。 驚く事に、これはすでに5年も前にBakuが製作したものな訳です。 それともやっぱり言葉の壁による距離は問題だと思いますか? BAKU: !それはとても嬉しく、びっくりする事ですね。僕らは昔から常にオリジナルである事を思い続けてきたのでそういう風になったのかも知れない。 言葉の壁は問題だと思わない。 何故なら、「大きい、小さい」「速い、遅い」「明るい、暗い」「奇 数、偶数」など、まだまだ他にも、地球に生きている人間という動物の共通項がたくさんあるからだ。 特に音楽はそれで充分だと思う。 僕はなるべくその全人類の共通項を追求していこうと思っているからあまり言葉は必要ないんだ。 Q: 日本でスクラッチDJにナルというのはBakuにとってどういう事ですか? BAKU: 日本ではそんなに一般に認知されているような事ではないよね、アウトサイダーになるという事かな。 Q: DJ GO とかSHINGO2とか海外で活動しているアーティスト達がいますが、Bakuは彼らのような海外で活動しているアーティスト/友達達と頻繁にコンタクトをとったりしていますか? BAKU: メールのやりとりがあるのはUKに住んでいるDJ TATSUKIが一番多いかな。 Q: 自分のレーベルをもっていますか? 今までのBakuの作品は海外でもリリースされていますか? もしレーベルをもっていないのなら、将来もちたいと考えていますか? BAKU: 自分のレーベルはDIS-DEFENSE DISCだけですね。 知り合いのレコードSHOPにMIXTAPEを昔置いてもらった程度なので海外でも広く流通したいですね。 Japan Special pt1 - Eastern Decknology - (抜粋) そしてもう一人似たようなアーティストは東京に住む知られざるターンターブリストそしてプロデューサー、DJ Bakuである。 私が彼の作品を発見したのは彼の音楽及び彼がいままで一緒に仕事をしてきたアーティストや仲間達(DJ Kentaro, Klock, TatsukiやプロデューサーGoth-Trad, DJ Ske, Miyajima, MSCなどを含む)との作品を記録した自主制作ドキュメンタリー映画「KAIKOO」を見てである。 DIS-DEFENSE DISCの主催者としても個人としてもDJ Bakuは多くの日本人リスナーに「次ぎなるDJ Krush」として見られている。 このような比較から彼の作品がDJ Krushの単なる作り直しと捉えてはならないが、彼はDJ Krushの作品や倫理から受けた刺激を彼自身の音楽態度に反映している。 最近行われたインタビューでも彼は次ぎのように述べている。 「僕が今よりもっと若い頃、"こんな大人がいれば良いな"と思っていた人がKRUSHさんのような人だったんです。 そんな人が同じDJという、自分と同じ事をやっているのは共感と尊敬の念を覚えます。 もちろん僕が今やりたい事が僕のスタイルです。 僕がKRUSHさんを後継する事を意識的にしてしまったらKRUSHさんに対しても恩返しにならないと思っています。」 Bakuのディスコグラフィーや作品は非常に好奇心をそそる内容である。 Bakuは94年にDJを始め、99年にDIS-DEFENSE DISCに所属し始めて以来急速に日本のアブストラクトシーンやエクスペリメンタルターンテーブリストの間に名を知らしめた。 彼以前や以後のスクラッチDJの少数もそうであったように、Bakuはバトルに出る事なく自分の音楽やプロジェクトを通して自身の名を広めてきた。 90年代後半以降ミックステープ(現在日本ではコレクターアイテム化している)をリリースしながら、Rebel FamiliaやMSCといったアーティストやラップクルーの為のカットを録音したり、曲のプロデュースやライブ出演もしている。 その他には能の打楽器奏者大倉正乃助など、日本の伝統的な音楽家との即興ミックスやスクラッチセッション、OINと呼ばれるBMXライダーとのショーケース(BakuがBMXライダーのフリースタイルに合わせライブで曲を流す)、コンピレーションや12インチ用のリミックスやプロダクションもこなしている。 中でもBakuの一番興味深いプロジェクトはGoth-Trad, Saidrum, BleederといったプロデューサーとのリミックスEPとDJ Klock, TatsukiとのライブターンテーブルバンドプロジェクトWhaKhaKhaだと思う。 Goth-Trad, Saidrum, BleederとのEP(リリース名 : DJ Baku vs Goth-Trad, Saidrum, Bleeder)の特に興味深い点はBakuが自身のパートを全てターンテーブルのみをを使ってプロデュース/作曲した事だ。 そしてこれはなんと2000年の制作である。 リリースされた2枚組のCDの内一つはプロデューサー達のインストトラックのオリジナルを含むもので、もう一つは各トラックのBakuによるリミックスを録音したものだ。 聴いてみるとこのEPはとても不思議な21世紀的エキスペリメンタルノイズとダウンテンポフュージョンの様な音で、エレクトロニックミュージックよりもハードでもある。 一度聴いてみない事には完全に理解できないリリースである。 しかしこの作品がリリースされてからすでに5年も経つという事実と、どことなく2000年以降西洋で出始めた作品にこのEPが似ているという事からも、日本の音楽が西洋へ輸出されるという事に関しての東と西とのギャップの大きさを表している。 日本は西洋の音楽を吸収し消化するのがとても早く、それを意図的に適用するがその逆は必ずしもそうとは言えない。 アメリカは日本と文化的、音楽的にも交流があるがヨーロッパはアメリカ以上にまだ日本との地理的、文化的ギャップがある。 しかし近年そのギャップを大幅に縮める努力が目立ち始め、その成果に我々は期待する。 > DIS-DEFENSE DISC -The official DJ BAKU website- > Spin Science |